【九州の戦国城】全国的にも珍しい『環濠平城』佐賀に点在する湿地を活かした平城群

佐賀で有名な城といえば佐賀城なんだけれども、元は龍造寺氏の居城「村中城」というお城で、沈み城なんて言われていたらしいんですよ。佐賀平野には干拓地が広がっていて、排水のための水路が縦横に巡っています。満潮時には海水が逆流して水路を溢れさせ、まるで城が沈んだように見えたそうです。

佐賀に残る環濠を巡らせた平城

佐賀平野は記録を辿るだけでも鎌倉時代、実際にはそれ以前から有明海を干拓して広がってきた平野。なので海抜ゼロの土地も点在し、今でこそ堤防で守られているけども、中世期の佐賀平野は満潮になると沈んでしまうような場所も沢山あったそうです。

そのため平地には江湖と呼ばれる水源のない川が縦横に走り、それらの間をクリークと呼ばれる水路が巡る。このクリークは主に排水と用水路として活用されていたようですが、このクリークを水堀のように活用した城が佐賀には数多く残されているのです。

それを私がかってに環濠平城と名付けてるんですけど、まあ、そんなお城をいくつか紹介してみましょう。

姉川城

画像:国土地理院(神埼市姉川城の航空写真)

姉川城跡は佐賀に残る環濠平城の中で、唯一、国指定の史跡になっている城跡。築城は1360年、肥後菊池氏の一族「菊池武安」によって築かれたと伝わります。また、龍造寺隆信が肥前統一へ大きく踏み出した対少弐戦において、少弐氏の居城である勢福寺城を攻める際に隆信の本陣が置かれて事でも有名な城です。

水路の幅は広く、各曲輪は湖に浮かぶ島のように見えます。この環濠を利用した水堀に土塁を築いた城の防御力は、相当に高かったと思われます。

曲輪を結ぶ土橋は幅が狭く、大人数が一度に渡れるようなものではありません。また、多くの曲輪には土橋すらなく、おそらくですが、木の橋を架けていざとなれば落とすなり曲輪内に引き込むなりしたのでしょう。

曲輪には神社になっている場所もありました。

姉川城跡の島には「小路屋敷、奥屋敷、観世音寺」といった名前の付いた場所もあり、一番大きな館という名の島では発掘調査が行われ、13世紀から17世紀まで使われていた建物跡や門の跡が確認されました。

姉川城跡に立ち、勢福寺城方向を望む。戦国時代に龍造寺隆信が見た風景でです。田の様子や建物などは全く違いますが、彼方に見える山は当時と同じでしょう。

古の英雄と同じ場所で、同じ風を感じ、同じ方向を見る。歴史の流れに自らをコネクトする瞬間、過去と現在との繋がりをリアルに感じる事が出来ます。

もっと写真を見たい人はコチラ→「姉川城跡」肥前姉川氏の居城、少弐攻めで龍造寺隆信が本陣とした城

姉川城跡(Googleマップへ)

直鳥城跡

直鳥城は肥前の国人領主である犬塚氏、3家あった犬塚氏のうち直鳥犬塚氏によって築かれた城。築城年代は1504から1521年の間とされています。現在は公園として整備されていて、とても綺麗に城跡が保存されています。

画像:国土地理院(神埼市直鳥城跡の航空写真)

上空写真で見ると、水堀のように張り巡らされた環濠と島のように点在する曲輪の様子がよく分かります。

水路を巧みに利用し、各曲輪を独立させ高い防御力を誇る佐賀の環濠平城。

鍵状に曲がる土橋、いかにも防御を考えた城らしい構造が残っています。

城の外縁部、土居も門も残っていませんが、恐らくここは虎口だったんじゃないでしょうか。土橋を渡り、通路に直角に門が付く。土塁で囲えば、立派な虎口になります。

肥前直鳥城、この城の最後の城主である犬塚鎮家は剛の者として知られ、当初は龍造寺隆信と敵対して戦に破れて筑後へと落ちることになりますが、その武勇を惜しんだ隆信に請われて家臣になり両弾二島(龍造寺氏配下の武勇優れた4人)と称えられました。直鳥上は城主が居城を移転したため、1571年に廃城となりました。

もっと写真を見たい人はコチラ→「直鳥城跡」戦国佐賀の環濠平城跡、龍造寺に仕えた猛将犬塚氏の居城

直鳥城跡(Googleマップへ)

横武城

画像:国土地理院(神埼市横武城の航空写真)

築城年など詳細は不明、肥前の国人領主である横武氏によって築かれたと伝わる城。記録に残っていないということは、在城期間はそれほど長くなかったのかもしれません。

横武城跡も公園として綺麗に整備されていて、クリーク公園という名前になっています。ブラックバスを釣りに来る人も多く、佐賀は九州有数のバス釣りスポットが数多く存在する場所でもあります。

全周を水堀のような水路に囲まれた主郭部、いかにも城らしい構造が残っています。ここには古民家が移築されていて、それっぽい雰囲気がありますね。

曲輪を繋ぐ土橋も残されていて、整備が行き届いているので城跡の全体像がとても分かりやすい城跡です。

横武城跡(Googleマップへ)

初心者でも訪れやすい中世城跡

中世、戦国期の城跡というのは山城が多く、見に行くのは意外と大変だったりするんです。平城はほとんど開発で破壊されていますし。

しかし、この環濠集落タイプの平城は市街地にありながら、とても綺麗に遺構が残されている城跡なんです。戦国時代に興味があるならば、江戸初期や豊臣時代以降の城ではなくリアルな戦国の城を見に行ってみるのもいいんじゃないでしょうか。

佐賀は龍造寺関連の遺構が沢山残っています、おススメですよ。

 

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