【福岡市】『板付遺跡弥生館』弥生時代初期の水田と環濠集落遺跡と展示館

古代日本においてクニが成立する前の時代、小規模なムラが点在し本格的な水田と環濠集落が登場した弥生時代初期の姿を今に伝える貴重な遺跡とその展示館「板付遺跡弥生館」に行ってきました。ちょうど縄文時代から卑弥呼の時代の間のあたる弥生初期、いろいろ不思議なことがあるそうです。

板付遺跡弥生館

環濠集落跡と水田跡からなる福岡市博多区の板付遺跡、その水田跡に建つ展示館が板付遺跡弥生館です。

入口を入ると、目の前には大きな絵がかかれたパネルがあります。このパネルの裏には遺跡の模型が合って、その周りに出土品などの展示がされています。

ショーケースの中に入っている展示品が、板付遺跡からの出土品です。

板付遺跡は日本で稲作が始まったごく初期の遺跡として有名で、弥生時代初期の土器と縄文時代末期の土器が同じ場所で出土したことから、縄文から弥生へと移行する時代を知るための貴重な遺跡とされています。

弥生時代の石製の農機具や矢じり、食器、装身具などが展示されています。

水田に残っていた弥生人の足跡もありました。

弥生時代に使われていた農機具。金属はまだ使われていませんが、形は現代にも通じる様な立派なもの。

板付遺跡の全景、復元模型。小さな集落の周りに、広大な水田が広がっています。川の上流から水路を作って水を引き、田を畔で段々にして水門を作り、高低差を利用して全ての水田に水が流れ込むように設計されていたそうです。

この構造は、現代の水田とまったく同じ。

稲作が日本に伝わったごく初期から、いきなり高度な水田が作られるようになりました。しかも渡来人の集落などではなく、日本の弥生人集落で。いつ、だれが、どうやってこの技術を広めたのかはいまだにわかっていないそうです。

更に展示物を見ていくと、弥生人が利用した繊維。その繊維を利用した衣服。

こちらは弥生人が食べていた食物の数々。

その他にも弥生人が使っていた道具を再現したものが展示されいていました。

この日は専門のスタッフがいなかったそうですが、日によっては弥生人の暮らしを体験できる体験イベントなどもあるそうです。

最初期の水田と環濠集落

板付遺跡の水田跡に建つ展示館から道路を挟んで隣に、環濠集落の遺跡があります。

遺跡の案内板。この遺跡は縄文土器と弥生土器の両方が出土した遺跡で、まさに縄文時代から弥生時代に移行した、弥生時代最初期の遺跡の一つです。

日本に稲作が伝わり、水田を中心とした環濠集落がつくられていく過程を知るための重要な遺跡として国指定の史跡になっています。

環濠集落という名前の元にもなった集落を囲む環濠、堀と土塁です。

堀を越え、土塁の中には竪穴式住居や保存用の倉庫が建てられていました。

再現された竪穴式住居。

かなり広い敷地の中に数件しか家がないのですが、空いたスペースは様々な作業が行われていたのでしょう。

弥生時代には二つの謎があって、いわゆるミッシングピースになっているそうです。まず第一に、突然に高度な稲作が行われだしたのだけれども、当時の人々がどうやってこの技術を身に着けたのか。そして、小規模なムラとよばれる環濠集落が、どういう過程を経てクニになったのか。

どちらも、前触れもなく突然歴史にその姿を現したのだそうです。ひょっとしたら、その間を埋める遺跡がこの近くから見つかるかもしれませんね。

板付遺跡弥生館の場所情報

『板付遺跡弥生館』

住所・地図:福岡市博多区板付3丁目21-1(Googleマップへ)

  • 撮影可
  • 入館無料
  • 駐車場あり(無料)
  • 定休日あり

※この記事の情報は、僕が訪問した時のものです。最新のものではありませんので、詳しくはご自身で最新情報を確認してください。

詳しくは下記サイトをご覧ください。

>>弥生のムラ 板付遺跡を歩く

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